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ムヨウノヨウ

役に立たないこと書いていきます

タイム イズ 柿

「桃栗三年、柿八年」という言葉がある

正直、桃と栗に三年待つのはわかるにしても

柿に八年は待つ価値はそんなにあるのか?と思っていた

しかし先日、私の柿に対する見方が変わってしまったのだ

 

 

今思えばその時の私は甘味に飢えていた

近くにはコンビニも、自動販売機もない

居候先には砂糖があるが、おいそれとは使えない

かの、サツマイモ先生も居候の身としてねだるのはよろしくない

 

気晴らしに少し外を歩こうとしたのだが

玄関先でご近所の方々に呼び止められた

普段あまり話しかけられないので、

私が知らずのうちに何か悪いことをしたのでは?

と、勝手に身構えていた

どうやら、自分の畑に柿がなっているのだが

もう食べきれないらしいので、取っていってほしいというのだ

断る理由もないので、喜んでもらうことになり

小学生以来久しぶりの柿取りをすることになった

 

昔は、父親が木に登って柿を取ってくれたものだ

おいしいぞと言って私に柿を差し出した光景は

子供の頃の記憶の一つだ

そして、それを思いっきりかじると実は渋柿で

あまりのまずさに悶絶していたのもいい思い出である

本当、いい思い出である

 

そのような渋い思い出はさておき

先述したように私は甘味に飢えていたので

取ったばかりの柿を居候先の方々を差し置いて先に一つ頂いた

 

すると、土からできたものとは思えないほどの

甘味が私の口の中に広がっていった

そして、それほど甘いのにどこか安心する味なのだ

「う・うまい!」と、つい大声を出してしまった

そして、あっという間に一つの柿を食べてしまった

 

昔の描写であるのが、近所の庭になっている柿を

子供たちが勝手にとろうとして、

それがその家にバレてこっぴどく怒られるというものだ

よくある展開だが、正直、柿のために馬鹿なことをするなあ

と、思っていた

 

しかし、昔は今のようにコンビニなどは無く

甘味も気軽に食べられなかったのだろう

そのような人たちからすれば、柿は貴重な甘味なのだろう

子供が泥棒をしてでも柿を取りたくて仕方ないと思ってしまった

 

このように柿に対する感動を経験したあとは

「柿に八年待つ価値はある」と思ってしまったのだ

八年待てば、あの甘味にたどり着ける

そう思い、生きていければ人生は楽しそうだ

 

サツマイモにしてもそうなのだが、

最近は土からできるものに驚かされるばかりである